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建築家になったのは父の影響が多分にあります。父は役所の建築課に勤め、自宅の改装工事まで自分で行っていました。大工から左官工事まで出来ることは自分でこなしていましたが、今考えると本当にすごい事だなと思います。また、幼い頃から家族旅行で、当時新しく建った建築物の見学によく連れて行ってもらいました。建築を志す上で決定的だったのは中学生の時に行った大阪万博です。当時一流の、建築家や服飾・プロダクトデザイナーの英知が結集してあの万博会場が出来上がっていました。あまりにも全てが新鮮で衝撃的で、期間中会場に何度も足を運びました。そこで、やはり自分は「建築の仕事がしたい」と目標を持ちました。ただ、最初に就職したのが組織事務所で、公共建築物が多かったので、スケールがヒトと合っていない。なんとなく「もの」から離れているような感覚がありました。そう感じているうちに、親戚の別荘を設計することになったのですが、これが本当に面白かった。そこで人が食べ、眠り、笑う。人の「生活」がその場所では行われる。それを分析し、分解し家を組み立てる。そこに人の「顔」が見えてくる。今までしていた設計とは全く別のものでした。
住宅の設計とは「巣作り」だと思っています。家族が暮らすということは、家なくしては考えられない。人が成長し,家族が形成される過程で「家の記憶」は心の片隅にずっと残ります。大人になってから、ふと思い出す子供の頃の記憶は、家と一緒の場合が良く有りますよね。子供がいかに"いい記憶"を残して巣立っていくことが出来る家を創るか。その為には、うわべの生活だけではなく,ヒトを「観る」ことによりそこでの生活をイメージして、初めていい家が創れると思っています。家を創るということは、生活の根幹にも関わる大変重要なこと。「巣作り」という自然の摂理を僕たちが代行しているのかなと思っています。
| 大阪府四条畷市 N邸 | ![]() |
京都市 Y邸 | ![]() |
奈良県奈良市 U邸 |
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